未来の価値 第33話 |
特派が間借りしている軍施設の一室で、すやすやと穏やかな眠りについている人物を目にして、一気に疲れが出たせいか思わずその場に座り込み床に手をついた。 「・・・なんで君、こんな所で寝てるんだよ・・・」 恨めしげにそう呟いてしまったのは仕方がないと思う。 こちらがどれだけ心配していたかなんて一切考えていない穏やかな寝顔。 すやすやと警戒心など欠片もない顔はいつもよりも幼く見える。 「あー・・・しかも君着てるの、もしかして今朝僕が脱ぎ散らかしてたスウェットじゃない?ほんと君は・・・」 せめてタンスの中から洗濯済みの出して着てよ。 両手をついて、部屋の入り口で項垂れているスザクの肩をセシルが叩き、苦笑交じりに「起こしてしまうわよ?」と言われてしまえば、スザクも今は引き下がるほかない。 寝ている姿を念のため再確認してからスザクは静かに部屋を後にした。 「今日、来る話になっていたんですか?」 「ええ。一昨日連絡が来ていたの」 ランスロットが置かれた整備室に戻り、椅子に腰かけるとセシルがコーヒーを入れて持ってきてくれたので有難く頂戴する。 「ごめんなさいね。てっきりスザク君は知っていると思っていたの」 普段であればそうだっただろう。 ルルーシュの行動を一番把握しているのはスザクだから。 だが今はルルーシュが完全にへそを曲げている状態のため、スザクには連絡が一切なかったのだ。 一言ぐらい言ってくれればいいのに。 そう思う反面、スザクの部屋で休んでいるという事は、あの日ルルーシュの部屋から追い出されはしたが、嫌われた訳ではないんだと安堵していた。 「でも、どうして僕の部屋で寝ているんですか?」 「それがね、ご自分の部屋では何かと不安があるでしょう?でも、スザク君の部屋なら、まさか殿下がお休みになっているとは誰も思わないから安心だと言われて」 確かにそうだ。 スザクでさえ、まさか自分の部屋で寝ているとは欠片も考えていなかった。ジェレミア達も特派にいると思っていなかったのだから、ここを調べられる確率は低いだろう。 夜、自分が寝ている間に強固な警備がされていた離宮に賊が入り込み、皇妃である母を暗殺され、妹も重傷を負い障害が残ったのだ。 アッシュフォードでは死んでいたからこそ安心して休めていたが、今はどれほど厳重な警備体制を整えていても、ルルーシュは眠る事が出来ないのだろう。 それほどのトラウマをルルーシュは抱えているのだ。 「何時頃から休んでいるんですか?」 「10時には来られて、それからずっとだから・・・」 今は6時を回っていた。 そろそろスザクが戻ってくる頃だから、ついでに美味しいというプリンを買って来てもらおうと電話をしたのだという。 窓を破る前で良かったと、スザクは安堵の息を吐きながらコーヒーを啜ると、タタタタタタ、と誰かが駆けてくる足音が聞こえて、スザクとセシルは扉の方へ視線を向けた。 ルルーシュが起きる時間に備えて休憩を取っていたはずのロイドが、大慌てで室内に飛び込んできた。この科学者がこんなに慌てるなんて、何があったのだろうと、セシルとスザクは表情を引き締めて立ち上った。 「す、スザク君、早く隠れて!隠れて!!あーもー、なんで殿下が来てるときに来るかなぁ!」 ぜえはあと息を切らせながら、ロイドはスザクに隠れるよう命じた。 何が何だか分からないが、何かあったらしい。 スザクとセシルは思わず顔を見合わせた。 「だーかーらー!早く隠れて!来ちゃうから!もう、すぐそこにいるから!」 あーもー早くして! 大きく手を振り回して早く早くとせかすので、スザクは慌ててランスロットの陰に隠れた。コックピットに隠れたい所だったが、今は計器類が沢山入っている為潜り込む事は出来ない。他に隠れられる場所も無いため、ランスロットの陰に隠れ、息をひそめた。 セシルも慌てた様子でスザクが使っていたカップを片付けると、パタパタと誰かが走ってくる音が聞こえた。 「ああ、やっぱり来ちゃったよ・・・」 うんざりという顔でロイドはぼやいた。 その反応で何かに気づいたセシルもまた眉を寄せ、スザクがちゃんと隠れているかを確認し、念のため計器類や脚立などを隠しにするため移動した。 なんだろう? 陰に隠れながら、様子をうかがっていると、扉が開いた。 ・・・あれは、ユフィ?何でここに? そこには若干息を切らせた様子のユーフェミア。 この様子では、また護衛を撒いてきたのだと解る。 ルルーシュといいユフィといい、護衛を何だと思っているんだろう。 ・・・ルルーシュは、あれは俺の部下ではない。と言いそうだが。 室内へ入ると、ユーフェミアはパタパタとドレスの乱れを直した。 「ユーフェミア様、いかがなされましたか?」 ロイドが棒読みで尋ねた。 明らかに迷惑だとその顔と声が言っている。 それを咎めること無く、セシルは頭を下げた。 「そろそろスザクが戻っている時間かと思って、来ちゃいました」 にっこり笑顔でユフィは答えた。 僕に会いに? スザクは思わず目を瞬かせた。 「ユーフェミア様。昨日も一昨日も、その前からも何度も、何度も!言っておりますが、こちらに来られるようでしたら、事前にご連絡いただけないでしょうか?今日はこれから、ルルーシュ殿下とお約束していますので、枢木准尉はユーフェミア様のお相手する事は出来ません」 当然スザク君も殿下に呼ばれてますからね。 うんざりしとしたロイドの言葉に、スザクはますます目を瞬かせた。 昨日も一昨日もその前からも。 ロイドはそう言ったのだ。 どういう事!?と、スザクは軽く困惑した。 「あら、ルルーシュが来るのね。なら私も一緒にお話を聞きます」 にこにことユーフェミアが言うと、ロイドはあからさまにため息を吐いた。 皇族だろうと貴族だろうとロイドには興味はなく、こういう失礼な態度を平気で取ってしまう。不敬罪だとセシルがロイドの態度を叱りつけ、ユーフェミアに頭を下げた。 「ユーフェミア皇女殿下は、これから僕達がルルーシュ殿下とどんなお話をするかも解っていないですよねぇ?」 「解っていませんが、話を聞くのも勉強です」 ロイドの嫌味に気付かないのか、ユーフェミアはにこにこと返した。 そこでようやく彼女のSPがこの部屋へとたどり着いた。 「ユーフェミア様、ここにおられたのですか。どうか政庁にお戻りください」 怒りを滲ませた強い口調でSPは言った。 やっと来たよ。 ロイドは声には出さないがそんな表情で彼らを見た。 「今日はこれから、ルルーシュと一緒にここでお話を聞く事になりました」 決定事項だと、ユーフェミアは答えた。 それに驚いたのはSPだけではなくロイド達もだ。 何勝手に許可を出しているんだと睨むSPに、知りませんよとロイドは首を振る。 「今日はルルーシュ殿下とランスロットについての専門的なお話と、シュナイゼル殿下への報告のまとめに関するアドバイスをいただくことになっていますので、ユーフェミア皇女殿下がおられても話は解らないと思いますよ」 貴女はまずKMFの基礎を覚える所からですからね。 不愉快そうに話すロイドの態度と内容で、ユーフェミアが今ここで誰の了承も得ずに独断で参加を決めたことに気付いたSPは失礼したとロイドに頭を下げた。 「ユーフェミア様。今日の分の講義がまだ残っております。決済を頂く書類もありますので、どうか政庁にお戻りください」 為政者として難のあるユーフェミアは、現在有能な家庭教師が何人もついている状態だった。河口湖の事件以降は勉強の合間に病院や福祉施設の慰問を副総督として行うようにはなったが、まだ一人で政務を任せられるレベルには達していない。 決済をするにしても、有能な文官が傍について一から十まで説明している状態だ。 今週末に正式に副総督として発表される以上、少しでも皇族として恥ずかしくない知識を身につけてほしい。その思いで皆力を入れているのだが、当の本人は何かにつけて脱走を繰り返していた。 スザクと初めて会ったあの日以前は脱走など一度もした事がなかったという事だから、スザクに救われ、SP達から逃げ切れた事がよほど楽しかったのか、開放感があったのか解らないが、味をしめてしまったのだ。 とはいえユーフェミアが逃げる先は決まっていて、その一つがここ、特派だった。 目的はスザクに会う事。 だが、事前にアポが無い事と、ユーフェミアが抜け出せるのが日中という事もあって学校に通っているスザクと会う事はなかった。スザクが学園から戻ってくるこの時間帯に来たのは今日が初めてだった。 いつもの時間よりは会える確率は高い。 もしかしたらという可能性に賭けて、彼女は足しげく通ってくる。 先日の河口湖の事件以降周りがピリピリしていることも無視して。 この兄妹は変な所がそっくりだと、スザクは思わず額に手を当てた。 とはいえ、二人の行動理由には大きな違いがある。 ルルーシュも誰にも言わずに抜け出すが、それは突き詰めていけば周りの誰も信じていないから。クロヴィスとバトレー、ジェレミアに関してはある程度の信頼を置いているようだが、それ以外は信頼も信用もしていない。だから、行動予定を教えることで自分の身に危険が及ぶ可能性も考慮したうえで、こっそり抜け出している。 だが、相手にはアポを取っているし、抜け出す時は仕事を片付け自由に使える時間を作り、変装をし、皇族衣は荷物として持って来ている。 その違いがあるから、ルルーシュを探す面々はルルーシュの安否確認のために探しているが、ユーフェミアの場合は安否よりも勉強を、政務をさせるために探しているのだ。 ちゃんと職務をこなし、SP達と共に来るなら、スザクと会うことなど簡単なことなのだが、彼女はそれをやらず、スキを見つけては抜け出し、騒ぎを起こして去っていく。 ・・・ルルーシュが起きる前に帰ってくれないかな・・・。 なんとなく状況を把握し、スザクは息を吐いた。 |